室内楽・器楽
伊熊よし子◎音楽ジャーナリスト
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番・第13番・第17番、他
モーツァルト:前奏曲(幻想曲)とフーガK.394
ジャンルカ・カシオーリ(ピアノ)
(ユニバーサル)UCCG-1701 2808円
感情表現豊かなまったく新しいモーツァルト
非常に個性的なモーツァルトの登場である。ジャンルカ・カシオーリのピアノは、現代的でエキセントリック、しかも感情表現がとてつもなく豊か。あまりにも自己の感情に忠実ゆえ、随所にルバートが多用され、まったく新しいモーツァルトを聴くような思いにとらわれる。彼はモーツァルトを楽しく陽気な音楽とはとらえず、緊迫感と激情を内包する戯曲のように表現。さらに声楽的な表情も垣間見せ、モーツァルトの天才性を炙り出していく。
シューベルト:ピアノ・ソナタ第18番&第21番
●シューベルト:ハンガリーのメロディー/楽興の時/アレグレット/4つの即興曲D935
アンドラーシュ・シフ(ピアノ)
(ユニバーサル)UCCE-2087/8 5184円
1820年のフォルテピアノで神経が行き届いた演奏
アンドラーシュ・シフが1820年にウィーンで製作されたフランツ・ブロートマンのフォルテピアノを用い、シューベルトを録音。シフが購入し、ボンのベートーヴェン・ハウスに貸与している楽器で、録音も同ハウスで行われている。作品を非常に深く研究、分析するシフならではの細部まで神経が行き届いた演奏で、ダンパー・ペダルをはじめ楽器の機能を生かし、シューベルトの弱音を探求している。ライナーに綴られた「改宗の告白」が興味深い。
オペラ&声楽
石戸谷結子◎音楽ジャーナリスト
ヴェルディ:「レクイエム」
アニヤ・ハルテロス(ソプラノ)
ダニエラ・バルチェッローナ(メゾ・ソプラノ)
ウーキュン・キム(テノール)
ゲオルク・ツェッペンフェルト(バス)
ロリン・マゼール(指揮)
ミュンヘン・フィル&合唱団、ほか
(ソニー)SICC-30224/5 3240円 ※BLU-SPEC CD 2、2CD
死の5カ月前のマゼールが、じっくりと聴かせた「レクイエム」
昨年7月に亡くなったマゼールの追悼盤。死去する5カ月前の録音だ。晩年になってからのマゼールは、オペラではかなりテンポが重くなり、壮年期の精悍さが無くなっていたのだが、この「レクイエム」の演奏ではそれがプラスに働いた。ゆったり目のテンポでじっくり曲を聴かせ、激しさと鎮静が交差する独自の祈りの世界を表現している。ソリストは今を時めくスターが勢ぞろい。抑制の効いた表現のハルテロス、澄んだ声と繊細な歌い方のキムが特に印象に残る。
バッハ:「マタイ受難曲」
ピーター・ピアーズ(福音史家)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(イエス)
オットー・クレンペラー(指揮)
フィルハーモニア管&フィルハーモニア合唱団、ほか
(ワーナー)WPCS-13138/40 6480円 ※SACD、3CD、EMI原盤
巨匠指揮者が大編成オケを使い、壮大なスケールで描いた受難曲
1961年に録音された名盤がSACDハイブリッド仕様で蘇った。近年は古楽系指揮者によるアクセントを多用した演奏が多い「マタイ」だが、クレンペラーは大編成のオケで、悠々迫らぬ壮大なスケールで演奏している。今では新鮮なアプローチかもしれない。ソリスト陣は眩暈がするほど豪華な顔ぶれだ。F=ディースカウ、ピアーズ、シュワルツコップとルートヴィッヒが並び、テノールはニコライ・ゲッダだ。ゴージャスな雰囲気が漂うレコード黄金期の貴重な遺産だ。
輸入盤
鈴木淳史◎音楽評論家
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ集
アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)
(Hyperion)CDA-67993 オープン価格
考え抜かれた構成による情熱に諧謔性も匂わせる
イブラギモヴァのイザイには、昨年の来日公演で、挑みかかってくるようなパワフルさ、そして表現の振幅の大きさにすっかり心を奪われた。ようやくリリースされた今回のディスクを聴いてみると、聴き手をぐいぐい引き込んだパッションも、まこと考え抜かれた構成によるものだということがよくわかる。弱音の使い方もとてもうまい。作品のパロディー的な要素も巧妙にクローズアップして、諧謔性をふんだんに匂わせてくれるのもいい。