vol.102 ピアノ 広瀬悦子
カルクブレンナー編曲の「第九」CDをリリース
終楽章の「歓喜の歌」はフランス語訳で歌われる
「手に合っているし、ピアニスティックです」
カルクブレンナーがピアノのために編曲したベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」を、世界で初めて録音した。今年1月、フランス・ナントのラ・フォル・ジュルネ音楽祭期間中にレコーディングを行い、5月に東京の同音楽祭で披露されるはずだったが、来年の音楽祭まで延期となった。
フリードリヒ・カルクブレンナー(1785〜1849)は、ドイツに生まれ、パリで成功したピアニスト。10歳のとき、ベートーヴェンの前でピアノを演奏し、才能を認められたという。ベートーヴェンの交響曲の編曲は、リストが知られている。
「カルクブレンナー編曲のベートーヴェンは全く知りませんでした。交響曲全曲の楽譜を見て、最初はどの曲を録音しようかと迷ったのです。第9番は、カルクブレンナーが持てるもの全てを出しています。リストの編曲より優れていると思います。手に合っているし、ピアニスティックなのです。 リストはオーケストラをピアノに置き換えていますが、カルクブレンナーの編曲はピアノ作品として聴けます」
とはいっても演奏は難しい。特徴的なのは、カルクブレンナーは4楽章の声楽パートを残したこと。しかもドイツ語でなく、フランス語訳で「歓喜の歌」も歌われる。そのためフランス系の歌手を起用した。
「音数が多くて大変でした。準備期間も含め、今までで一番難しかったかもしれません。歌手の声や合唱など、フランス語ならではの柔らかさがあります。オーケストラですと音の塊で埋もれてしまう声部もピアノの演奏では聴こえ、気づかされることがあります」
名古屋出身で、中学を卒業して、すぐにパリに渡った。エコール・ノルマル、パリ音楽院で学び、ブルーノ・リグットに師事した。
「どうせ家を離れるなら東京もパリも同じ、早い方がいい、とパリに留学しました。リグット先生はイマジネーション豊かな演奏をします。魂から演奏しなさい、自分の個性を確立しなさい、と言われました」
あまり知られていない作品や、今回のカルクブレンナーもそうだが、さまざまな編曲ものの録音がある。
「メインの作品はいろいろな人がやりつくし、新たな解釈は難しい。突飛なことをして新たな録音を付け足すことも大変です。ありがたいことに、ピアノにはレパートリーがたくさんあります」と話していた。
Etsuko Hirose
ヴィオッティ国際コンクールとミュンヘン国際コンクールに入賞後、1999年マルタ・アルゲリッチ国際コンクールで優勝。同年パリ国立高等音楽院を審査員全員一致の首席で卒業。2001年、デュトワ指揮NHK交響楽団と共演。バイエルン放送響、モスクワ・フィル、RAI国立響、ワルシャワ国立フィル、読売日響、新日本フィルほか国内外のオーケストラと数多く共演。2016年、シプリアン・カツァリスと2台ピアノのための「ロシア・バレエ音楽トランスクリプション集」CDを、20年春には「モシュコフスキー:ピアノ作品集」をリリース。
■CD
ベートーヴェン(カルクブレンナー編):
交響曲第9番「合唱」(写真)
広瀬悦子(ピアノ)
セシール・アシーユ(ソプラノ)
コルネリア・オンキオイウ(メゾ・ソプラノ)
サミー・カンプス(テノール)
ティモテ・ヴァロン(バス)
エカテリンブルク・フィルハーモニー合唱団
アンドレイ・ペトレンコ(終楽章指揮)
録音:2020年1月29日〜2月1日/ナント市イヴェント・センター
(MIRARE)MIR-534 オープン価格