vol.112 ラファウ・ブレハッチ ピアノ
取材・文 後藤菜穂子◎音楽ジャーナリスト
東京、川崎など5都市でリサイタル・ツアー
バッハ、ベートーヴェン、ショパンなどを演奏
「人生の苦しみや悲しみは演奏や解釈に表れる」
この秋ラファウ・ブレハッチが待望の再来日を果たし、5都市をめぐるリサイタル・ツアーを行う(10月23〜31日)。ツィメルマン以来のポーランド人としてショパン・コンクールに優勝したのは2005年のことだが、その栄光に満足することはなく、演奏家として、人間として思索を続け、自分を深めてきた。さらには演奏活動のかたわら、大学院で哲学を本格的に学び、最近博士号を取得した。まさに〈哲学するピアニスト〉と呼ぶにふさわしいアーティストだ。
今回のリサイタルでは、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ショパン、フランクの作品をさまざまな角度から結ぶ。1つ目のキーワードは、ポリフォニー(対位法)とオルガン。前半はバッハの厳かな《パルティータ第2番》で始め、後半はロマン派時代のポリフォニーの代表として、フランクのオルガン曲《前奏曲、フーガと変奏曲》(作品18)のピアノ編曲版で開始する。
「子供の頃、教会でオルガンの音色に魅せられたのが私の音楽の原点でした。初めはオルガニストになりたいと思っていたくらいです。今でもときどき趣味でオルガンを弾きますが、その奏法はピアノで《パルティータ第2番》などバッハの音楽を弾く時にもとても役立ちます。フランクの《前奏曲、フーガと変奏曲》はもともとオルガン曲なので、原曲のもつオルガン的な響きやアプローチをピアノで表現できたらと思います」
プログラムのもう一つのキーワードとしては、古典派とロマン派のピアノ・ソナタへのアプローチへの対比を挙げる。
「《小悲愴》とも呼ばれるベートーヴェンのハ短調のソナタ(作品10-1)とショパンのソナタ第3番を対置させることで、この古典的な形式に対する2人のアプローチの違いを浮き彫りにしたい。もちろんショパンのソナタもロマン主義的なだけではなく古典的な要素もあるので、2人のアプローチの類似点や対比を聴衆のみなさんに味わっていただけたら嬉しいです」と語る。また前半最後に置かれるベートーヴェンの「創作主題による32の変奏曲」も、8小節の主題が万華鏡のように変化する知られざる名曲だと話す。
このプログラムはコロナ禍の自粛生活の中で彼がじっくり深めてきたもの。ようやく少人数で集まれるようになった5月頃、家族や親戚を招いてホーム・コンサートを開き、そこで試演して手応えを感じたと話す。
「何カ月も演奏活動ができなかったのはつらかったですが、哲学を学んでいたことが私の心の支えになりました。パンデミックを通してこうした人生の苦しみや悲しみを経験したことは、きっと今後の自分の演奏や解釈の中に表れていくことでしょう。音楽を通してこうした感情を表現し、聴衆の皆さんと分かち合えたらと思います」
Rafał Blechacz
1985年、ポーランドのナクウォ・ナデ・ノテション生まれ。5歳からピアノを習い始める。ナワヴェジスキ音楽大学にてカタジーナ・ボボヴァ=ズィドロン教授に師事。第13回ヨハン・セバスチャン・バッハ・ポーランド全国コンクール第1位(1996年)、第5回浜松国際ピアノコンクール1位なしの第2位(2003年)など数々の賞を獲得。2005年、第15回ショパン国際ピアノコンクール優勝。マズルカ賞、ポロネーズ賞、コンツェルト賞、ソナタ賞、オーディエンス賞と全てを同時受賞。2015年、ポーランド復興勲章カヴァレルスキ十字勲章を授与。
10月24日(日)14:00 サントリーホール
10月26日(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
10月28日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
バッハ:パルティータ第2番
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5番
ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲
フランク(バウワー編曲):前奏曲、フーガと変奏曲
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番
■問い合わせ:ジャパン・アーツぴあコールセンター TEL:0570-00-1212
10月23日(土)14:00 ザ・シンフォニーホール
10月30日(土)14:00 愛知県芸術劇場コンサートホール
10月31日(日)13:30 札幌コンサートホールキタラ