おすすめアーティスト vol.99 ソプラノ 佐藤美枝子

vol.99 ソプラノ 佐藤美枝子

©Akira Muto

ENEOS音楽賞洋楽部門本賞を受賞
チャイコフスキー・コンクールから22年
「受賞は人生の喜びでしかありません」

ベルカント唱法を貫いてきましたが、まだ途上です。 必死にやってきたことが分かっていただけた。いつも不安でした。 見てくださっていた方がいることが喜びです。

 日本を代表するソプラノの一人、佐藤美枝子がこのほど第50回ENEOS音楽賞洋楽部門本賞を受賞した。今年2月の藤原歌劇団「リゴレット」ではジルダを歌い、成功を収めた。「今後、芸域のさらなる深まりに期待したい」と贈賞理由にある。1998年、第11回チャイコフスキー国際音楽コンクール声楽部門で日本人初の第1位を受賞してから22年。近年の活動などを聞いた。

──武蔵野音楽大学や大分県立芸術文化短期大学で教えていますが、新型コロナ・ウイルスで大学の授業はどうなりましたか。

 武蔵野音大は6月末日までリモートでレッスンを行い、それから対面レッスンになりました。リモートで声のテクニックは分からないことはないのですが、空間を感じて歌うことや倍音の出方などが分かりません。後期も実技は対面で行います。先日、藤原歌劇団が久々の舞台、「カルメン」を上演したのですが、「すごく感激した。活力をもらった」と連絡をもらいました。やはり生の舞台はいいものです。でもこのままでは愛のデュエットが歌えなくなってしまいます。
 コロナが収束して経済が回復しないと親御さんも大変です。私の学生ではないのですが、大学を辞めてしまったという話も聞きます。留学を断念する人もいます。音楽大学は人生をかけて来ている子が多いのです。この状況では夢も抱けず、将来の目標が立ちません。

──1998年のチャイコフスキー国際音楽コンクールに優勝しました。どういういきさつでコンクールを受けたのですか。

 コンクールのことは鮮明に覚えています。私は年令制限で、受けられる国際コンクールがチャイコフスキーしかなかったのです。たった1人でモスクワに行きました。
 日本音楽コンクールで1位を取ったあとにイタリアに行きました。イタリアでは松本美和子先生につきました。焦ってはだめと、ずっと勉強していました。昔の先生と生徒ですから、美和子先生の言うとおりにすれば100%正しいと思っていました。だめと言われている間はだめなんだ、と。2年間教わって、先生から国際コンクールを受けても良いと許可が出たのです。五島記念文化財団の奨学金をもらい留学できました。それに応援してくれた母にも何か恩返しをしたかったのです。それでチャイコフスキーを受けることにしました。
 優勝してすっかり自分の人生が変わりました。日本でそんなに騒ぎが起きていることを知りませんでした。それまで仕事らしい仕事はなかったのです。帰国したら1週間に1、2回、コンサートが入りました。
 実は父親は私が音楽の道に進むことは大反対でした。大学3年のときにお見合いをさせられたぐらいです。母は、子供には絶対手に職をつけさせたいという考えでした。父は大学の学費も出してくれず、母が仕事をして工面してくれました。チャイコフスキーで母に恩返しができたのかと思います。

「リゴレット」第3幕より。
リゴレット(須藤慎吾)、ジルダ(佐藤美枝子)
=今年2月、東京文化会館 藤原歌劇団提供

無欲で音楽に向き合う

──チャイコフスキー・コンクールは自分では満足いく出来栄えだったのですか。

 ボリショイ劇場で初めて歌いました。できる限りのことはやりました。まさか優勝するとは思いませんから、無欲に音楽に向き合ったのがよかったと思います。コンクールの審査員をしますが、1位になるんだ、という欲深い人はすぐにわかります。松本先生は「心で歌えばいい」とおっしゃいました。1位を取ったことを報告すると、「ほらね、いけると思ったのよ」と言っていました(笑い)。

──2月の「リゴレット」のジルダは見事でした。ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」などのベルカント・オペラからモーツァルトまで幅広い役を歌っています。

 藤原歌劇団に入ってよかったと思うのはイタリア・オペラ、ベルカントものを取り上げていることです。松本先生がベルカントのきちんとした声のポジションを教えてくださいました。まだまだ日本ではベルカントものは上演の機会が少ないのです。「ノルマ」、「アンナ・ボレーナ」などやればいいのですが、集客の問題があります。歌いたい役はまだまだあります。ドリーブの「ラクメ」、トマの「ハムレット」、ベッリーニの「イル・ピラータ」などがもっと日本で上演されるとよいなと思います。

──チャイコフスキー・コンクールから22年たってのENEOS音楽賞の受賞です。

 あっという間でした。もうそんなにたつんだ、10年くらいの感覚です。ベルカント唱法を貫いてきましたが、まだ途上です。この時期に賞をいただけるのは私の人生の喜びでしかありません。必死にやってきたことが分かっていただけた。いつも不安でした。見てくださっていた方がいることが喜びです。

Mieko Sato

大分県生まれ。武蔵野音楽大学卒業。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部修了後、イタリアに留学中、五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞。1998年、第11回チャイコフスキー国際音楽コンクール声楽部門で日本人初の第1位を受賞。CDは「至上のルチア」など7枚をリリース。2016年には藤原歌劇団「ドン・パスクワーレ」ノリーナ、「ジャンニ・スキッキ」ラウレッタ、「ラ・ボエーム」ミミなどと新役に挑戦。第9回出光音楽賞、第10回新日鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞。武蔵野音楽大学教授、大分県立芸術文化短期大学客員教授。藤原歌劇団団員。日本オペラ協会会員。
ENEOS音楽賞洋楽部門本賞を受賞 チャイコフスキー・コンクールから22年 「受賞は人生の喜びでしかありません」

ここで聴く
■コンサート

さいき城山桜ホールオープニングイベント

10月31日(土) 13:30
さいき城山桜ホール大ホール(大分)

佐藤美枝子(ソプラノ)
合唱組曲「豊後の國 佐伯」より“城山-独唱-”
プッチーニ:「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」
■問い合わせ:佐伯市役所文化芸術交流課
       ☎0972-22-4529

竹田版「マダム・バタフライ」プロジェクト
佐藤美枝子ソプラノ・リサイタル

2021年2月14日(日) 15:00
竹田市総合文化ホール グランツたけた 

廉太郎ホール(大分)
■問い合わせ:竹田市総合文化ホール グランツたけた
       ☎0974-63-4837

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